『豚愛』

 

特段歩くことが好きというわけでもない。電車と徒歩だと断然電車を選ぶし、1つ前のバス停で降りて健康を気遣うような年頃でもない。ただし「なんとなく世界と噛み合ってないな」という違和感が大きくなると、とりあえず街中を歩き回ることにしている。歩きながら店の看板や公園の遊具なんかを眺めていると、普段見知った筈の近所でも、何か1つは新たな発見があるものだ。時には地に足つけて生きることも大事らしい。

 

ある月曜日、部活から帰ろうとしていた時のこと。稽古場を出て、さびれて効能があるのか分からんような神社の前を通り、交差点の交番のお巡りさんに心の中で最大級のスマイル(0円)を浴びせ、練習後のエネルギー切れの身体を誘惑するなか卯の親子丼の看板を振り切って駅にゴール、普段と何ら変わらない道のりのはずだった。ふと脇道に目をやると、初めて見る緑の看板にデカデカと『豚愛』の2文字。ぼくの意識がどこかに飛んで、頭の中で会話が始まる。

「はい見つけました、こんなところにマニア向け風俗」

「小さく韓国料理って書いてるやろ」

「あれは見せかけやろ、暖簾くぐった先には会社帰りのおっさんがカウンターの上転がされて、ムチの雨に打たれてんのじゃない?」

「ぽっちゃり系のセンもあるな」

「縛りは料理用タコ糸やろうな」

駅の改札を通過し電車に乗る。その間も脳内は『豚愛』に支配されている。武道を長くやっていると、身体が勝手に判断して動き続けてくれるらしい。

 

「しかしどう読めば良いのかね?まさか『ぶたあい』ってことはないでしょ?」

「『ぶたあい』よりは『とんあい』だろ」

「『ぶたまな』なんてどう?」

「ビーチバレーの愛称か」

「意外な読み方かもしれん」

「そんな変な読み方出来るか?とりあえずググってみろよ」

「えーと… Hey, Siri.『韓国料理 豚愛』の検索結果を読み上げて」

「かんこくりょうり どんさらん」

「「どんさらん」」