感情労働社会 vs 感情崩壊修士

 

なーーーにが感情じゃいとなるくらいまで自我を失った経験と書いて、修論執筆と読みます。実際真面目に書いたのは1ヶ月ほどだし、「感情壊れる」とか言ってたのはもちろん冗談ではあるけれども(冗談であんなツイートの量になる?)、あの期間は人生で一番にしんどかったように思う。10万字程度が目安という終わりの見えなさ、ひたひたと迫りくる提出〆切の足音、全く思うように筆が進まない一方で爆速で脈打つ心臓の鼓動。その隙間から、研究調査に協力してくれた後輩の顔が走馬灯のように浮かんでは消える。走馬灯と言っているのは、当然感情が墓石の下に眠ったからである。「にんげんがさき、しゅうろんはあと」だと分かってはいても、自分の場合3年まで行ってしまうと生活費を賄うことが出来ないので、結局「しゅうろんがさき、にんげんはとうぜんあと」になるのだ。


卒論は親の死に目と時期が重なったこともあって大変といえば大変だったけれど、今考えればたかだか3万字程度、今回の修論であれば先行文献の整理と理論的な枠組みの提示だけでゆうに通り越すだけの文字数しかなかった。徹夜で書き上げた原稿を朝一で仮製本し、糊付けが甘くバラバラになりそうな卒論を(当然論理構成はもっとバラバラなのでページが組み変わっても影響はなかったかもしれない)、その足で急いで窓口に提出したあの日からもう2年が経とうとしている。書くことが出来ないままこの世に産み落とすことができなかった論点ちゃんがいくつもあることを考えると、提出しても全くやり切った感がなかったことを思い出す。あの日の空は青く澄み渡っていて、どこか白々しい感じがした。

前回の反省を活かして計画的に物事を進めることができるのがプロの院生であり、自分のようなにわか院生はすぐに同じ轍を踏んでしまう。踏んでしまうというよりは自ら踏みに行くというのが正しく、それでいて被害者面をするという性格崩壊院生でもある。年末の2ヶ月ほどは深夜2時とかに近所のコンビニに寄って、甘いものを大量に購入する生活崩壊院生になっていた。体重が変わらなかったのは、稽古のお陰で少しばかりはあった筋肉が完全に糖類に置き換わったからだと思う。今は日曜に稽古をすると、水曜とか木曜まで筋肉痛が治らない身体になってしまった。

なお、修論中の蛮行はおおむね以下の通りである。

・「感情壊れる」旨の大量ツイート(病み垢ですか?)

・読みもしない本を大量に買う(まあ普段通りではある)

・つらすぎて知り合いに電凸しそうになる(理性もないので)

・コンビニで無思考で手に取ったお菓子が全部抹茶味なのにレジで気づく(1日4食でもいける)

・筆の進まなさに自制心を失い、無人の部屋で(ただし自分の存在はある)深夜に悪口を叫ぶなどの奇行(認知症になったらめちゃくちゃ迷惑をかけるタイプだと思う)

・予定より大幅に遅れているにも関わらずパチ屋に行くという豪胆さ(ちなみにめちゃくちゃ負けました。ギアスはクソ台)

Bloodborneという粋な世界観のゲームがあり、プレイヤーのステータスの1つに「啓蒙」というものがある。「啓蒙」を使うことでゲームを有利に進められる一方、このステータスによって見えてはいけないものが見えたり、「発狂」という状態異常にかかりやすくなったりしてしまう。文系院に限っていえば、みんな通る道であるように思う。ゲーム内では歩くだけで発狂ゲージが溜まっていくフィールドもあるが、修論執筆においてはそれすなわち自宅のことだ。

 

そんなこんなでやっと書き上げた修論だけれども、結局自分が本当に論じたかったことは6割くらいしか書けずにタイムアップと相成ってしまって、個人的な感覚としては日記を書いただけなんじゃないかという感じもしている。本当は○○や●●の方面にも話を聞くべきだったし、現状大事なはずの△△や▲▲のことについても全く触れられていないままだという後悔の念が、あまりにも強い。それでもそれなりの評価を頂けたのは、別に自分が書いたものがどうというより、調査を行ったところがとても優秀だったということに過ぎない。現役時代、”良い”先輩のコスプレをしていてよかったと思う瞬間である。

修論を書いたあとはまる2日間の冬眠を経て、そこから溜めておいたゲームを消化したり、感情を取り戻すために『感情史とは何か』『歴史の中の感情』『感情と法』の3冊を爆速で取り寄せたりした。しかしそもそも、感情が戻ってこない限りお堅い本が読めるわけもないということに気づくまで数日かかった。結構大事なものを失っている気がする。


一瞬だけ実家に帰省した。「働きだしたら大変なことがあるが」みたいなことを言われたけれど、人間関係よりも大変なものがあるということが身に沁みて分かったいまは、どんな労働環境でも働けるような気がする。がんばって、社会の歯車を回していきます。